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寒くて、あたた○。
なおき、引き続きよろしくお願いね。
九州の兄貴こと、パンチ君がNYに行く道中、東京に。
また銀座のC1に。アトランタ帰りの、なおきも合流。
パンチ君のお父さんは、日本で一番最初(?)のロボットが握るお寿司屋さんを開店していて、、
『スズ君そのお店、frescoって言う名前だったんだよね』って、、
僕は、パンチ君と出会った時は、frescoとして活動していたのに
それを聞かせてくれたのは、出会ってしばらくたってから。。
NY出発前にmailが、、
楽しい時間をありがとう。
今から出発してきます。
きっと人類史上初の
所持金68円だけ(カード無し)を持ってNYにわたるという偉業を成し遂げて帰ってきたあかつきには、
また楽しい宴でも開きましょう。笑
ではまた!
財布を落としてしまったみたいで、、、
超メローで、魅力的な人です。
お土産に頂いたゆず明太子。日本酒と良いコンビ。
近所の4代目も喜んでいました。
ありがとうございました!
そのあかつき、待ってます。なおきと、笑
優作さんの命日に、ゆかりのある場所に。
僕はあまり優作さんの事を知らずで、ウィキペディアで調べてみると、
下積み時代、「俺が売れないのは一重瞼だからだ」とコンプレックスをもらしており、後に瞼を二重に整形している[13]。金銭面で困窮していた時期であったが何とか手術費用を捻出した。当時の二重瞼の手術の主流は切開法であり、術後約1週間で抜糸を行うが「費用がまた何万円もかかるのではないか…」と懸念した松田は抜糸予定日に病院へは行かず、自宅で鏡を見ながら裁縫用の小さなハサミを用いて抜糸をしたと語っている。その際、無理に糸を引き抜き、消毒も十分にしなかったため後々まで跡が残った。実際は抜糸までが手術費用に含まれており、再診でかかる費用はせいぜい消毒代と化膿止めの薬代、数千円程度であったと後に知り後悔したと言う。
いろんな、エピソードが。
今度作品みてみよ。
貴弘、お誘いありがと。事務所も立ち上がり、楽しみだね。
銀座にもこんな場所が、柴田と発見。楽しかったね。C1出口いい感じ。